商店街の歴史

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現在、私達フラワーロードは地域と共にある、季節感あふれる商店街との認識で、一生懸命に活動してきました。
さらに、これから一層フラワーロード発展のため、各ブロック並びに各商店に協力していただき、活性化を図りたいと思います。


昭和2年の暮

駅前通りの商店約27,8店で新栄会として発足した。


昭和5年10月

中程に稲荷神社があるところから縁日通りと称し、30店ほどで組織され、2の日の縁日には、特価デーとして賑わった。


昭和20年3月

強制疎開で軍隊によって東側を壊し、道路も8mが15mに広げられ終戦となる。


昭和22年

商店会の将来を考え、二つの商店会を統合してより力をつけ、戦後の経済混乱期を乗り切ろうとして、小岩駅前通り美観商店街を結成し、初代会長に都築太四郎氏が就任した。その後、小久保会長、井上会長となる。

 


昭和27年

雨が降っても傘のいらない横のデパート、アーケード街に着眼し、江戸川区では最初のアーケードを着手、第1、第2期工事を井上会長、第3期工事を佐久間会長が完成させた。これによって、東京でも例の少ない、両側1733mのアーケード付きという立派な商店街づくりに成功し、小池会長の就任となる。


昭和42年

再度小久保会長が選出され、昭和27年、28年頃に完成したアーケードも老朽化したので、よりよいアーケードとアーチ改修に着手し、第1、第2期工事を終え、第3期工事を次の板倉会長の手によって完成した。


昭和47年

総武線複々線工事の完成に伴い、7月15日、ステーションセンター開店への対応策として、歩道のカラー舗装、フラワーボックス、全店統一看板の作成等、全長1733mの他に例を見ない商店街として完成させた。また、アーケードに放送施設、駅前入口には城東地区最大の花と時計をあしらった大アーチが完成した。


昭和55年4月

坂田会長、増井会長をへて、江戸川区で最大規模のイトーヨーカ堂の出店となり、小西会長になる。


昭和59年

フラワーロードも戦後急速に繁栄してきたが、立地条件の変化、人口の減少と高齢化の小岩に、当商店街に30周年記念を機会に地元に密着した商店街と活性化を図るため、スタンプ事業を7月1日より発足した。


昭和60年

4月15日より、映画館の跡地を借り、駐車場(200坪)を作り、錦糸町の再開発や地下鉄新宿線開通による購買力の流出をなくし下水道工事にともない、電柱の地中化を始め諸設備の近代化とコミュニティの場として地上6mのアーケード(第1期)と入口には花壇とモニュメント(彫刻名称「和」)が完成しました。


平成元年

5月14日にアーケード(第2期)が完成。11月には小岩駅から葛西臨海公園を結ぶ2階建バスがフラワーロードに開通。


平成4年

5月10日にアーケード(第3期)と千葉街道入口に大アーチが完成し、これにより切れ目のない両側アーケードとして総全長1773mが完成しました。


平成14年

「小岩駅前通り美観商店街創立50周年」を迎え、これを記念し商店街の2カ所に「電飾掲示板」を、江戸川区の協力の下に設置し、より早くニュースを伝え、あわせて地域の各種情報も伝達する形態をとりました。


平成15年

フラワーロードの催事場として「ポケットハウス」を設営しました。また区と協力し、サポーター制度を取り入れ「ぽけっと隊」を発足させました。さらに、地域のために小岩地区町会と連携を取り防犯カメラを設置しました。

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